新潟地方裁判所 昭和44年(行ウ)3号 判決 1979年3月30日
原告
金子弘善
他二六八名
原告ら訴訟代理人
鈴木紀男
外八名
被告
新潟貯金局長
清水茂
被告
国
右代表者法務大臣
古井喜実
被告ら指定代理人
玉田勝也
外七名
主文
原告らの被告新潟貯金局長に対する請求はいずれもこれを棄却する。
原告らの被告国に対する請求はいずれもこれを却下する。
訴訟費用は原告らの負担とする。
事実
第一 当事者の求めた裁判
一 原告ら
被告新潟貯金局長が昭和四三年五月四日付で原告らに対してなしたる別紙一の「処分の種類及び程度」欄記載の減給または戒告の懲戒処分はいずれもこれを取消す。
被告国は原告らの前項記載の懲戒処分があることを理由として原告らの定期昇給について差別してはならない。
訴訟費用は被告らの負担とする。
二 被告ら
1 本案前の答弁
本件請求中、被告国に対する訴はこれを却下する。
訴訟費用は原告らの負担とする。
2 本案に対する答弁
原告らの請求はいずれもこれを棄却する。
訴訟費用は原告らの負担とする。<以下、事実省略>
理由
一本案前の抗弁について判断する。
そもそも戒告は職員が国公法八二条各号の一に該当する非違行為をした場合において、その責任を確認し、及びその将来を戒めるための懲戒処分であつて、免職、停職、減給とは異り、右の目的、意味以外の格別の措置を伴わない。
しかし<証拠>によると、原告らと被告国との間には、職員が前年四月一日から当年三月三一日までの全期間を良好な成績で勤務したとき、現に受けている号俸または俸給月額から四号俸だけ上位の号俸に昇給させることができる旨の労働協約が存すること(右労働協約の存在は当事者間に争いがない。)、右昇絡の欠格事由は、懲戒処分、休職、私傷病による病気休暇、欠勤、その他監督者において勤務成績が著しく不良と認めた場合であることが認められるので、戒告の懲戒処分を受けた職員はもちろん、減給の懲戒処分を受けた職員も右昇格の欠格事由に該当し、昇給が延伸されることとなる。
ところで仮りに原告らの主張のとおり本件懲戒処分があることを理由とする定期昇給の延伸が、不当労働行為に該当し違法であるとしても、結局本件懲戒処分を受けたことが唯一の昇給の欠格事由である原告について、右協約どおり定期昇格の発令がなされるか、または協約どおりの定期昇給に基づいて支給されるべき給与と、現に支給を受けている給与との差額相当額の支払を受けなければ、原告らの主張にかかる違法状態が是正されたことにならず、実質的な紛争解決がなされたことにならない。ところが原告らの求める請求の趣旨どおりの判決がなされたとしても、被告国に抽象的な不作為義務が生じるだけであつて、定期昇給の発令権者に対し、原告らに対する定期昇給の発令を義務づけることもなければ、被告国に対し前記差額相当分の支払義務が生じるわけでもない。前者については、仮りにそのような義務づけ訴訟が許されるとしても、本訴のような被告国に対する当事者訴訟によつては、その目的を達することができず、また後者については被告国に対する差額相当分の給付請求訴訟によるべきである。
してみると、原告らの被告国に対する本件訴は、原告らと被告国との間の紛争を実質的に解決するための、本案判決をなすに足る必要性と実効性、すなわち訴の利益を欠くものであつて、却下を免れない。
二請求原因第1(原告らの地位)、第2項(本件懲戒処分の存在)は当事者間に争いがない。
三被告らの主張第1項(本件ストライキ)について
<証拠>によれば、次の事実が認められこれを覆すに足りる証拠はない。
全逓中央本部は、昭和四三年四月二三日「一一、〇〇〇円の賃金引上げ」を主目的とし、併せて「労働者の犠牲による合理化反対」「簡易郵便局法粉砕」等を掲げて他の公労協傘下の組合と共同して指令第三五号をもつて「各級機関は四月二五日別途指定する中郵、貯金、普通局支部分会において、半日ストライキに突入する態勢を確立せよ」と指令した。
郵政大臣は右ストライキ準備指令の発出が予想されたので、同日全逓中央執行委員長に対し、書面をもつて、組合が斗争の主目標としている賃金引上げ問題については組合自ら公労委に調停を申請し、既に事情聴取も終り調停委員による合議段階にあるにもかかわらず、組合が敢て不法なストライキを計画することは事業の公共性を無視し、労使間のルールを破るものであるから、現に計画中のストライキを即刻中止するよう申入れるとともに、万一違法な事態の発生をみた場合は責任者、指導者はもちろん、それに関与した職員に対し厳正な処分をもつて臨む旨の警告を発して組合の反省自重を促した。そして翌二四日被告新潟貯金局は、郵政大臣の右警告書を局内掲示板に掲示するとともに、局内マイク放送によりストライキに参加しないよう職員全員に対し警告した。
これに対し、全逓中央本部は同日指令第三六号をもつて、「各級機関は四月二五日別途指定する中郵、地方貯金局、普通局の支部、分会において別途スト実施要綱により、出勤時よりそれぞれ半日ストライキに突入せよ」と指令し、全逓新潟地区内において新潟地方貯金局支部だけに右ストライキ突入指令を発した。右ストライキ実施責任者には全逓新潟地区本部執行委員長斎藤和彦が、指導は地区本部執行委員が全員であたつた。四月二五日原告らを含む新潟貯金局支部組合員は午前八時福祉センター五階ホールに集結して午前一一時三〇分まで決起集会を行い、集会終了後全員福祉センターから新潟地方貯金局庁舎前に結集し、午前一一時五三分全員入局し、結局午前八時三〇分から午前一一時五三分までの半日ストライキ(ただし、原告らの勤務時間の差異により欠務時間に差がある。)を格別の混乱もなく行つた。ただし、組合の意思決定により富井正男(郵政大学校専門部入学決定、永年勤続表彰対象)、関根ヒロ(退職間近)、横川光子(準組合員、非常勤職員)の三名については、午前八時三〇分に執行委員が付添つて入局させた。新潟地方貯金局の勤務者は三二三名で、管理職にある者一三名、組合員は三〇六名、準組合員一名であるところ、本件ストライキ参加者は病欠三名、産休三名、退職前休暇一名、右組合指令によるストライキ参加除外者三名、及び宿明、週休者四名計一四名を除いた二九三名であつた。
ところで本件ストライキの主目的は賃金引上げであつたが、全逓新潟地方貯金局支部の組合員においては、行政管理庁の貯金局統廃合の勧告による新潟地方貯金局そのものの廃止の懸念の方が深刻に受け止められていた。即ち、昭和四二年九月三日行政管理庁は行政管理委員会に対し、「為替貯金事業に関する行政監察結果に基づく勧告」を行い、その勧告の中で「地方貯金局における組織の適正化」に触れ、地方貯金局の配置、局数等について社会経済的現状に対応して抜本的に整理再編成するよう検討すべきだとして、例えば戦時中の要員確保及び原簿保存のため地方疎開したもの七局(新潟地方貯金局はこれに該当する。)はその必要性を失つていることが指摘されており、これに対して全逓新潟地方貯金局支部はそこに働く者の三分の二が転勤できない婦人労働者であり、新潟地方貯金局を廃止されれば職を失わざるを得ないとの危機感から、その廃止阻止のため新潟県議会及び市議会並びに同市民等に積極的に働きかけをし、その結果新潟県議会は昭和四三年三月二九日新潟地方貯金局の存続に関する意見書を、同市議会は同年同月四日貯金局の統廃合に関する意見書をそれぞれ採択していたが、郵政省当局は昭和四三年四月全逓に対し、右勧告を実施するか否か検討中なので右問題について、組合側と具体的に話合できる段階ではないとの回答をなしていた。
四被告ら主張第2項(為替貯金事業の公共性)について
1 被告らの主張第2項(二)(為替貯金事業の概要)は当事者間に争いがない。
2 同(三)(為替貯金事業の役割)について
(一) <証拠>によれば、被告ら主張(三)(2)イ(為替貯金事業の貯蓄機関としての役割)の事実を認めることができ、右認定に反する証拠はない。
(二) <証拠>によれば、被告ら主張(三)(2)ロ(為替貯金事業の送金機関としての役割)の事実を認めることができ、右認定事実に反する証拠はない。
(三) <証拠>によると、被告ら主張(三)(2)ハ(為替貯金事業の国庫金の受払機関としての役割)の事実が認められ、右認定事実に反する証拠はない。
(四) <証拠>によれば、被告ら主張(三)(2)ニ(為替貯金事業の財政投融資資金の供給機関としての役割)の事実が認められ、右認定事実に反する証拠はない。
3 右1及び2の事実によれば、為替貯金事業は国庫金の受払機関及び財政投融資資金の供給機関として他の民間金融機関に期待することのできない独自の公共的役割を果たしていると言えるが、貯蓄機関及び送金機関としては、全国各地に設置された一万七〇〇〇局の郵便局を窓口機関として民間金融機関よりは広範囲に国民各層に浸透しそのサーヴイスを提供している点に大きな特徴があるとしても、基本的に民間金融機関と同種のサーヴイスを提供しているもので、その取扱金額も民間金融機関のそれと比べてはるかに少ない点も窺え、右機関としての役割は民間金融機関のそれと比べて特別に公共的性格を強調することは相当でないと解され、従つて、為替貯金事業は民間金融機関の同種業務に比べ一般的に公共性が高いものを持つていると解することができるが、国家固有の統治活動である公務の公共性に比べればその公共性は比較的弱いものであると解すべきである。
五被告ら主張第3項(為替貯金事業の組織と新潟貯金局の分掌)は当事者間に争いがない(ただし、為替貯金事業の機関の一部において業務が停廃した場合は、その機関はもとより為替貯金事業全体に影響し、ひいては国民大衆に対するサーヴイスが低下し、国民の日常生活に重大な障害を与えることになるとの主張は除く。)。
右争いのない事実によれば、為替貯金事業は公共企業としての性格をもつ行政として、低廉かつ国民一般にあまねくサーヴイスを提供するとともに企業的、能率的な経営をはかることを目的とするものであるところ、このような目的を達成するため為替貯金事業の組織は右争いのない各機関が有機的に結合され一体となつて事業の成果をあげているのであるから、為替貯金事業の機関の一部において業務が停廃した場合は、その機関はもとより為替貯金事業全体に影響し、ひいては国民大衆に対するサーヴイスも低下し、国民全体の共同利益に重大な影響を及ぼすおそれがあると解するのが相当である。
六被告ら主張第4項(二)(郵政事業の一体的経営)について
法規の存在は当事者間に争いがなく、その余の事実は<証拠>によつてこれを認めることができ、右認定事実を覆すに足りる証拠はない。
右各事実によれば、為替貯金事業は郵便事業、簡易生命保険事業とともにいずれも全国一万七〇〇〇局の郵便局を事業経営の基盤として現実的には郵政三事業を切離し難く運営され、国民に広く公平なサーヴイスを提供するために、また事業の経済的能率的運営をはかるためにも郵政事業の一体的経営はその必然性があると言えるところであり、右一体的経営のもとでは、為替貯金事業の公共性は郵便事業など他の郵政事業の公共性と無関係に成立するものではなく、個々の事業の停廃は同時に他の事業の停廃を招かざるを得ないものと解することができるから、為替貯金事業の公共性を論ずることはすなわち郵政事業全体の公共性を論ずることに他ならないと考えるのが相当である。
そうすると、郵政事業は郵便事業がその根幹をなすことは広く知られるところであるが、郵便事業においてはそれが国に独占され、その業務の停廃が国民生活に重大な障害を及ぼすおそれがある公共性の強い事業(中郵判決等参照)であることを考慮に入れる必要がある。
結局、郵政職員は、一見したところ郵便、為替貯金、保険年金等、それぞれ明白に区別された事業に従事しているように見えても、実は相互に有機的に結合された組織のもとにおいて、郵政事業の公共的役割を果たすべき任務の一端をそれぞれ担当しているものということができ、原告らが、郵政事業の一環として一体的に経営されている為替貯金事業の業務の正常なる運営を阻害した行為については、当然郵政事業の公共的機能を阻害したものと評価できるものである。
遅滞事務
要処理物数
(件)
当日処理数
(件)
未処理物数
(件)
未処理物数
百分率(%)
一、貯金預払証拠書
(二) 計理事務
二六、八三〇
二〇、八五五
五、九七五
二二
(二) 原簿事務
二〇、三九八
一三、三〇一
七、〇九七
三四
二、通帳発送事務
一、三四五
三四八
九九七
七四
三、積立貯金元利金額通知書発行事務
四〇六
七六
三三〇
八一
四、郵便振替払込書
一、五八四
一、二〇〇
三八四
二四
五、郵便振替払済払出書
四三〇
〇
四三〇
一〇〇
六、通常貯金原簿決算事務
一五、五〇〇
八、八七〇
六、六三〇
四二
七被告ら主張第5項(原告らの所属と本件ストライキによる業務阻害)について
1 原告らの新潟地方貯金局の組織における所属は、管理部門である管理課、会計課、現業部門である第一貯金課、第二貯金課、第三貯金課、振替課にわたつていることは当事者間に争いがない。
2 <証拠>によれば、原告らの本件ストライキによる新潟地方貯金局の業務阻害の状況は、原告らの欠務時間に相当する職務の停廃であるが、その間の現業部門における事務処理の遅延を数字で表わすと次のとおりであることが認められ、右認定事実に反する証拠はない。
3 ところで、原告らは、右の業務阻害は利用者に対する影響がほとんどなかつたと主張するので以下検討する。
(一) 貯金預払証拠書関係事務
<証拠>によれば次の事実が認められ、右認定事実に反する証拠はない。
この事務は預金者の貯金原簿という個々の預金者の台帳に預払金額を明記する事務であり、これにより預金者の債権の内容が明確になるものであつて、地方貯金局の貯金業務の中で最も基本となる部分であり、かつまた数量的にも大量であり、一証拠書についてこの事務の処理のためおおむね二日間を要している。そして、この事務が一時的に停止した場合には、通帳亡失による通帳の再発行、及び無通帳による全額払戻等について預金者から請求があつても、遅滞している預払証拠書の処理をした後でなければこれに応ずることはできない。
これに対し、利用者から利子記入、現在高確認、「無余白」を理由として貯金局に送られてきた通帳の記載と原簿記録が一致しない場合、担当者は窓口郵便局に照合する等して事実調査をしたうえ、通帳の記載を一応信頼し仮記録によつて処理することができ、後に証拠書類が貯金局に来た時確認する処理を行つている。したがつて、この点では利用者に右事務停止による迷惑を与えない特別の取扱いがなされている。
なお、本件ストライキにより未処理の右事務は翌四月二六日には全て処理済となり原簿への記録が一日遅れた。
(二) 通帳発送事務
<証拠>によれば次の事実が認められ、右認定事実に反する証拠はない。
この事務は利子記入や現在高確認等のため利用者から送られてきた通帳を返送する事務であつて、本件ストライキによる返送事務の残りは管理者等が本件ストライキの日とその翌日にかけて超過勤務により処理したので、利用者は一日ほど通帳の受取りが遅れたことになる。もつとも利用者が通帳を郵便局の窓口に提出する場合、窓口の係員は予め何日頃返送してくる旨幅のある期間を告げている。
(三) 積立貯金元利金額通知書発行事務
<証拠>によれば次の事実を認めることができ、右認定事実に反する証拠はない。
この事務は、積立貯金について満期がくると支払開始日の一週間位前に元利を計算して貯金者に通知するというのであつて、この制度の建前として、利用者は最終払込みが終つてから一カ月後に元金と利子を同時に支払を受けることになつている。しかし、郵便局から送付を受けた積立貯金集金票のうちには、集金日等の関係で支払開始日の直前に貯金局に送られてくるものなど、貯金局において直ちに処理を要するものも相当数あるので、支払開始日の近いものを優先して処理している。したがつて、この事務の一時的遅滞により元利金額通知書が支払開始日までに預金者に届かないことになり預金者に迷惑をかけることになるが、預金者は最終払込みが終るととりあえず元金のみの払戻を受けることもできることになつている。本件ストライキによる右事務の遅れは管理職等が本件ストライキの日と翌日にかけて超過勤務により全部処理したので、預金者は一日程度遅く元利金額通知書を受領したことになる。
(四) 郵便振替払込書事務
<証拠>によれば次の事実を認めることができ、右認定事実を覆すに足りる証拠はない。
この事務は郵便局から送付された払込書に基づき口座加入者の口座に受入の記帳をし、口座加入者に受入れの通知をし、もつて送金目的を達するものであるが、この事務が一時遅滞すると送金目的の達成がそれだけ遅れることになる。ただし、送金手段として通常の郵便振替が利用されるのは各種の通信販売、保険金の支払などが多く、期限の余裕のある送金方法として利用されている。本件ストライキによるこの事務の残りは本件ストライキの当日管理者等が超過勤務により全部処理した。
(五) 郵便振替払済払出書事務
<証拠>によれば次の事実を認めることができ、右認定事実を覆すに足りる証拠はない。
この事務は払出証書の指定受取人本人が支払を受けたかどうかの払済監査をするもので、これが遅れると正当な受取人でない人に払出証書が渡つた場合発見が遅れ利用者に迷惑をかけることになる。ただし、指定受取人以外の者に払出証書が渡るなどという事故は極めて稀である。
(六) 通常貯金原簿決算事務
<証拠>によれば次の事実を認めることができ、右認定事実に反する証拠はない。
この事務は通常貯金につき毎年三月三一日現在の元利金を計算する事務であつて、これを四月八日から五月三〇日間で処理することになつている。右事務が一時遅滞すると預金者に元利金額通知書を送ることがそれだけ遅くなることになる。しかしながら、本件ストライキのあつた四月二五日もこの決算処理期間であるが、定められた四〇日の期間内で処理された。
(七) <証拠>によれば、本件ストライキ時間中において、管理者による事務処理としては郵便振替電信払込四件、郵便振替電信振出三件の緊急事務を処理した。
4 右(一)ないし(七)で認定したところによれば、新潟地方貯金局において本件ストライキによる利用者への影響は、管理職等の努力によるところも大きいが国民生活に対する直接的な影響は少なかつたと言うべきである。
八被告ら主張第6項(本件懲戒処分)について
被告新潟貯金局長が原告らに対し、違法な本件ストライキに参加し、長時間にわたり勤務を欠いたものであるとの理由のもとで、国公法第八二条の規定により本件懲戒処分をしたことは当事者間に争いがない。
九公労法第一七条第一項の合憲性について検討する。
1 憲法二八条は、「勤労者の団結する権利及び団体交渉その他の団体行動をする権利」すなわち、いわゆる労働基本権を保障している。この労働基本権の保障は、憲法二五条のいわゆる生存権の保障を基本理念とし、憲法二七条の勤労の権利及び勤労条件に関する基準の法定の保障と相まつて勤労者の経済的地位の向上を目的とするものである。このような労働基本権の根本精神に即して考えると、国家公務員の身分を有しない三公社の職員も、その身分を有する五現業の職員も、自己の労務を提供することにより生活の資を得ている点においては、私企業の労働者と異なるところがないのであるから、ともに憲法二八条にいう勤労者にあたり、原則的にはその保障を受けるべきものと解される。
2 国家公務員は政府により任命されるものであるが、憲法一五条の示すとおり、実質的には、その使用者は国民全体であつて、公務員の労務提供義務は国民全体に対して負い、その職務内容は、公共の利益に奉仕するものであり、国家公務員の職務懈怠は公務の円滑な運営に支障をもたらし、公共の利益を害する。従つて公共の利益に対する侵害を防止し、国民全体の共同利益を擁護する見地から、国家公務員の労働基本権は制約を受けざるを得ない。
また国家公務員に対する給与は、国の財源使用の一内容であるから、国家公務員の勤務条件については、国の財政、ことに予算の編成と密接な関連を有し、従つて憲法八三条に定める財政民主主義の原則により、その決定につき国会の議決を経由する必要がある。
さらに給与以外の勤務条件についても、憲法七三条四号によれば、その基準を法律によって定めることが予定されている(勤務条件法定主義)。
従つて私企業の場合のように、労使間の自由な交渉に基づく合意のみによつて、勤務条件を定めることは、憲法上保障されておらず、この意味においても国家公務員の労働条件は制約を受ける。
3 ところで国家公務員の職務の性質・内容は、国の存続自体を支える固有の統治活動(防衛、治安、財政等)にかかわるもの、一般福祉活動にかかわるもの、公共的性質を有する経済活動にかかわるもの等、多岐多様であつて、その運営の阻害が公共の利益に及ぼす影響もまた千差万別であり、擁護さるべき国民全体の共同利益の内容、緊急性の程度にも差異がある。
そうだとすれば、労働基本権の制約の程度、方法も、職務の性質、内容からみた公共性の程度に対応した合理的なものであることを要すると解すべきである。なぜなら国家公務員も憲法二八条にいう勤労者にあたると考える以上、労働基本権保障の趣旨はできる限り尊重すべきだからである。
現に国公法一〇八条の五によれば、非現業国家公務員には、団体協約締結権を含まない団体交渉権が認められているにすぎないのに、五現業の職員にも適用される公労法八条によれば、五現業の職員には管理運営事項を除き、勤務条件ないし労働条件について同法一六条の制限のもとにではあるが、労働協約締結権が認められているが、このような職務の性質、内容の差異に対応した労働基本権保障の程度、方法の差異は、前記のような労働基本権保障の趣旨を尊重し、これを具現したものと考えられる。これは単に立法政策の問題にとどまらず、憲法の解釈にあたつても考慮すべき問題である。
もつとも国家公務員の労働基本権は、財政民主主義、勤務条件法定主義の見地からする制約を免れないことは前記2のとおりであるが、これらの原則も、国家公務員の給与その他の勤務条件に関する基準が逐一法律によつて決定されるべきことまでを要請しているわけではなく、法律で大綱的基準を定め、その実施面における具体化につき政府と国家公務員の代表者との団体交渉によつてこれを決定する制度を設けることも右原則に反するものではなく、また政府と国家公務員の代表者との団体交渉によつて得られた合意を、政府が原案として、国会に提出し、国会が政治的、財政的、社会的その他諸般の合理的の配慮により最終的な判断をなして決定することは、右各原則に反するものではない。
従つて国家公務員は、右のような意味で、私企業の労働者とは異なり、制約を受けた団体交渉権ではあるが、憲法上これを保障されたものと考えられる。
以上のことは、三公社の職員についても基本的に妥当する。もつとも三公社の職員は、国の資産の処分、運用と無関係な勤務条件については、財政民主主義の原則は及ばないと考えられるから、労使が自由な交渉によつて決定しうるのであつて、国家公務員に比して、より私企業の労働者に近い団体交渉権を保障されているといえる。
以上要するに、国家公務員及び三公社職員の労働基本権は、前記2の憲法上の地位の特殊性にかんがみ、私企業の労働者と異なり、制約を免れないが、その制約が合意であるか否かは職務の性質、内容、公共性の程度等前記の諸事情を総合勘案し、国民全体の共同利益の擁護と、国家公務員及び三公社の職員の労働基本権保障の趣旨の尊重の二つの要請が均衡と調和を保つよう適切に調整する見地から、労働基本権に対する制約が、合理的でやむをえないものであるか否かによつて決すべきである。
5 次に進んで労働基本権制限についての合憲性の判断基準について検討する。
前示4で検討したごとく労働基本権に対する制約が合理的で必要やむを得ない裁量の範囲内であるかぎり立法府の裁量に委ねるべきであると解するのが相当であるとすれば、右労働基本権の制約が合理的で必要やむを得ない限度にとどまるものであるとされるためには、①その制限禁止の目的が正当であり、②その目的と制限、禁止との間に合理的な関連性があり、③その制限禁止により得られる利益と失われる利益との間に均衡を失するところがないことの三要件を具備することが必要と言うべきである。
6 そこで公労法第一七条第一項の争議行為禁止規定が右三要件を満たしているか否かを検討する。
(一) この禁止は公共企業体等の職員が争議行為に及ぶことは、その地位の特殊性及び職務の公共性と相いれないところがあり、多かれ少なかれ国民生活ないしは国家的政策遂行に必要不可欠な事業の停廃をもたらすばかりでなく、財政民主主義及び国会の予算議決権に適合するよう給与総額制度(国の経営する企業に勤務する職員の給与等に関する特例法第五条等参照)及び料金法定主義(財政法第三条及び財政法第三条の特例に関する法律参照)がとられているにもかかわらず、これと抵触する争議行為がなされる場合は、市場からの抑止力の欠如と相まつて憲法の基本原則である議会制民主主義に背馳する結果を招来するおそれもあるので、この種の争議行為等を禁止することは、憲法第一三条の要請に応え国民全体の共同利益を擁護するための措置にほかならないのであつて、その目的は正当なものと言える。
(二) 右のような弊害の発生を防止するため、その争議行為等の行為を禁止することは禁止の目的との間に合理的な関連性があると認められる。
(三) 利益の均衡の点について考えてみると、公共企業体等の職員は争議行為が禁止されているとはいえ、労働基本権のすべてが否定されているわけではなく、団結権及び協約締結権を伴う団体交渉権が認められている。また争議行為を禁止したことの代償として、公労委によるあつせん、調停及び仲裁の制度を設け、ことに公益委員をもつて構成される仲裁委員会のした仲裁裁定は、労働協約と同一の効力を有し、当事者双方を拘束するとしている(公労法第一九条ないし第三五条)。公益委員は労働大臣が労使委員の意見を聞いて作成した委員候補者名簿に記載されている者のうちから両議院の同意を得て内閣総理大臣が任命することとされている(同法第二〇条第二項)ので仲裁委員会の公平性も担保されている。もつとも公労委による仲裁裁定の政府に対する拘束力は財政民主主義の要請及び国の予算についての国会の議決権という憲法上の制約により絶対的なものではないが、その運用状況は<証拠>によれば昭和三一年に現行の公労委制度が発足して以来多数回に亘りだされた仲裁裁定は、すべて実施にうつされ公労委の仲裁裁定の完全実施の慣行は既にほぼ確立したものと認めるのが相当である。右認定事実に反する証人大森昭の供述は措信できず他にこれを覆すに足りる証拠はない。
右の経緯からみると、公労委による公共企業体等とその組合との紛争調整のための制度は争議行為禁止に対する代償措置として適切なものと言える。これに対し禁止により得られる利益は前述のとおりの国民全体の共同利益なのであるから、得られる利益は失われる利益に比してより一層重要なものと言うべきであり、その禁止は利益の均衡を失するものではないと解される。
そうであれば、公労法第一七条第一項の規定は合理的で必要やむを得ない制限として憲法第二八条に違反しないものと言うべきである(なお労働基本権保障の国際的水準も公労法第一七条第一項の争議行為禁止規定を否定する国際慣習法としての効力は有しないものと解すべきである。)。
一〇次に公労法第一七条第一項に違反する争議行為について懲戒権を行使できるかについて検討する。
1 原告らは「懲戒は業務が正常に運営されていることを前提として、そこにおける秩序の確保がその目的であり、労働者の争議行為は、労働者が使用者の定める服務規律を排除して正常な企業秩序の運行を阻害することを権利として行使するものであるから、右の前提を欠き懲戒権の行使は許されない。仮に違法な争議行為として責任を問われる場合でもその責任は個人でなく労働組合が負うべきである。」と主張するので検討する。
なるほど労働組合の争議行為は、多数組合員の集団的共同的な活動であることを本質とし、構成員の算術的総和を超えた独自の存在である団結自体の行為であることは原告ら主張のとおりであるが、右の理由をもつて違法な争議行為の場合に労働者個人の責任が免責されると解することはできない。
すなわち、個々の労働者は使用者と労働契約を締結することによつて使用者との間に労働契約関係にたち、他方労働組合に加入することにより労働組合の団体的統制に服することになるが、この両者の法律関係は別個独立のものとして併存し、その間に優劣の関係はない。したがつて争議行為が労働組合の団体行動として展開されるものであるからといつて、争議行為によつて個々の労働者との間の労働契約関係が消滅するわけではなく、また労働組合はその構成員である労働者を使用者の意思を無視して企業秩序から自由に離脱せしめることができるわけのものではない。ただ正当な争議行為の場合には、労働者は債務不履行責任を免除され、また争議行為を理由とする懲戒が不当労働行為になるという意味において、個別的労働関係の場合における債務不履行、企業秩序違反の違法性が阻却されるというにすぎないものであるが、しかし違法な争議行為の場合まで労働契約関係の義務違反が免責されるとする法的根拠は存在しない。
したがつて集団的労働関係を理由に労働者個人の懲戒を否定する見解は、結局個別的労働関係に基づく労働者の義務と組合の統制が矛盾する場合に、組合の統制を一方的に優位に置き、その責任の有無だけを論ずるものであり、採用することはできない。
2 次に原告らは、公労法第一七条第一項は国民全体の利益の保護を目的としたもので、使用者の業務確保、企業秩序の維持を目的としたものでないから、同条項違反の争議行為の懲戒を否定すべきであると主張する。
なるほど公労法第一七条第一項の保護法益は国民全体の利益であることは疑いを容れないところであるが、右利益の保護は業務の正常な運営、企業秩序の維持を離れては考えられないものであり、そうであつてこそ同条項は国民全体の利益を保護するために業務の正常な運営を阻害する行為である争議行為を禁止しているのであつて、同条項の立法目的の中には右の意味における企業秩序の維持の目的も当然含まれているものと解すべきである。
よつて原告らの右主張は理由がないので採用できない。
一一以上三以下で検討したところによれば、原告らの本件ストライキはその欠務時間の長さ、規模、態様等に照らし公労法第一七条第一項の争議行為に該当すると解さなければならないので、原告らに対し右違法な争議行為につきその懲戒を否定することはできない。
しかるとき原告らは、国公法第九八条第一項の職務遂行ににつき法令を遵守すべき義務に違反し、同時に同法第九九条の信用失墜行為禁止の規定にも違反し、これらは同法第八二条第一号、第三号に該当するものと解され、また原告らの行為は同法第一〇一条第一項の職務に専念する義務にも違反するものであり、これは同法第八二条各号に該当すると言うべきである。
一二(本件懲戒処分の相当性)原告らは、被告新潟貯金局長のなした本件懲戒処分は明らかに過酷な処分であつて権利の濫用として無効であると主張するのでこの点につき判断する。
1 国公法第八二条は、同条の各号の一に該当する違反行為をした職員に対し、懲戒処分として免職、停職、減給又は戒告の処分をすることができるとしているが、懲戒をするかどうか、右懲戒の種類のうちどのような処分をするかは違反行為の目的、動機、規模、態様、国民生活に及ぼした影響、違反者の争議への関与の程度、他の処分者との均衡、その他懲戒処分によつて当該職員の受ける打撃等その他諸般の事情に照応して合理的に妥当性をもつものでなければならない。
そこで本件につき検討すると、本件ストライキはこれまで認定したとおり、全逓中央本部の指令に基づき、賃金引上げ問題が公労委の調停委員会で合議が行われている段階で、右問題を主目的として、新潟地方貯金局に勤務する管理職を除くほとんど全員が二時間二三分から三時間五〇分にわたつて格別の混乱もなく行われ、公務の停廃の程度は前記四記載のとおりの欠務時間に対応する職務の停廃があつたが、国民生活への直接的な影響は少なかつたものである。原告らの本件ストライキに占める地位は単純参加者で指導的地位にはなく、本件ストライキに参加した動機の中には行政管理庁の貯金局統廃合の勧告によつて新潟地方貯金局そのものが廃止され、職場を失いかねないとの危惧によるところが大きかつた(もつともこの問題については郵政省で検討段階で労使の団体交渉に入れる時期ではなかつた。)。
2 <証拠>によれば、本件ストライキのあつた昭和四三年四月二五日には全国二三の拠点郵便局、貯金局で約三、〇〇〇名が全逓中央本部の指示により出勤時から正午頃までの半日ストライキを実施しており、本件ストライキは右のような全国的規模におけるストライキの一環としてなされたものであること、郵政省は同年五月四日原告らに対すると同じ理由でストライキの一般参加者に対して、国公法第八二条に基づき減給一月二、七三八名、戒告七九名、訓告三名計二、八二〇名に懲戒処分を行つたこと、右処分はストライキに参加の職員が公共性の強い郵便事業を担当しているか、公共性の比較的弱い為替貯金事業を担当しているか、また直接国民と接着している郵便局業務を担当しているか否かを区別せずに、専ら郵政事業の公共性を阻害したとの見地から欠務時間の長短によつて懲戒処分の量定をなしたと解されること、以上の事実が認められ、右認定事実を覆すに足りる証拠はない。
3 <証拠>によれば次の事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。
郵政省と全逓との間には昇格の欠格基準に関する協約が締結され、それによると職員が四月未満の減給又は一回の戒告の懲戒処分を受けると、定期昇給の際当該職員の定期昇給号俸数(一年につき四号俸昇給)から一号俸だけ減ずることになつている。原告らの受けた本件懲戒処分はいずれも減給一月又は戒告であるから、いずれも一号俸の昇給延伸になるが、右の損害を原告須藤葉子(本件処分当時二四才)の場合を例にとつて考える。同原告は昭和四三年四月一日当時普通職三級二九号俸(月額二五、七〇〇円)であつたが、昭和四四年四月一日には四号俸昇給して三三号俸(月額二六、六〇〇円)になるべきところ本件懲戒処分のため三号俸しか昇給せず三二号俸(月額二六、四〇〇円)となつた。同原告は右一号俸の昇給延伸によつて昭和四四年度には五、二四四円、同四五年度には五、三一〇円の実損害(ただし、各種手当金等を含む)があり、その後も昇給延伸に伴う損害は右金額を下回らないことが予想されると同時に、郵政省に勤務している期間回復し難いところから、仮に同原告が六〇才で退職した場合の右損害をホフマン方式により年五分の中間利息を控除のうえ本件懲戒処分時における損害の現価を算定すると、同原告の月収の数倍にも及ぶことになる。そうすると本件懲戒処分による実質的な制裁内容はかなり重いと言える。
4 右1ないし3の諸事情を懲戒処分の相当性判定の基準、すなわち裁判所が懲戒処分の相当性を判断するにあたつては、懲戒権者と同一の立場にたつて懲戒処分をなすべきであつたかどうか、又はいかなる処分を選択すべきであつたかを判断し、その結果と懲戒処分とを比較してその軽重を論ずべきではなく、懲戒権者の裁量権の行使に基づく処分が社会観念上著しく妥当を欠き裁量権を濫用したと認められる場合に限り違法であると判断すべきであり、その基準(最高裁判所第三小法廷昭和五二年一二月二〇日判決など)に照らして検討すると、前示諸事情によつては、いまだ本件懲戒処分は社会観念上著しく妥当を欠くと認められるほどに裁量権を濫用したとは認め難いと言わざるを得ず、懲戒権濫用の主張もしたがつて採用し難い。<以下、省略>
(山中紀行 大浜恵弘 馬淵勉)
別紙一<省略>